5Gって低遅延なの?

この記事は はんドンクラブアドベントカレンダー 2日目の記事です。なお筆者は,Mastodonサーバの一つ「はんドンクラブ」の管理人で,本アドベントカレンダーの主宰です。

最近,複数回説明した事柄をもう一回別の人に説明するのがめんどくさくなってきて,「この記事読んどいて」と言うために記事を書くことがあります。今回もそれに漏れず,携帯電話・スマートフォン用の次世代通信システムである5Gについて,なぜか私がよく聞かれることを説明する記事とします。一つの読み物として読んでいただければ幸いです。

5Gって?

ご存じの通り,5Gの特徴はURLLC・eMBB・mMTCです。

といっても通じない方が多いですよね。でも一応,これが正式な言い方なんです。それぞれ,

  • 超低遅延*1 = URLLC(Ultra-Reliable and Low Latency Communications)
  • 超高速 = eMBB(enhanced Mobile Broadband)
  • 超多重接続 = mMTC(massive Machine Type Communications)

のことを表しています。こう言われれば,聞いたことがある方もいらっしゃるでしょうし,聞いたことが無い方もなんとなくイメージできるのではないでしょうか。

5Gって低遅延なの?

特にURLLC(超低遅延)というのが注目されています。遅延が短く安定した通信ができるという意味です。 スピードチェックサイトなどで表示される「○ ms」ってやつが,小さい数字になるということですね。ゲーマーの方には「ping値が改善する」と言った方が伝わるかもしれません。

ただ,このURLLC(超低遅延)というのが一人歩きしているようで,『5Gになるとめっちゃ速くて超低遅延なインターネットができる!』って思っていませんか? これを100%間違いとは言いませんが,実は優良誤認だと考えています。この記事は,そういった幻想をぶち壊すことを目的としており,そのために3つの観点から5Gの仕組みと現状について解説したいと思います。全て公開情報を元に個人が調べた結果なので,間違っていたらごめんね。

前提知識

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携帯電話は,「電波」を使って通信しています。しかし,電波だけで通信が完結しているわけではありません。この節では,その仕組みを説明します。

電波を出している装置を「基地局」といい,都市部では高層ビルの上など,郊外では鉄塔の上などに設置されています。この基地局には,必ず光ファイバーと呼ばれる物理線が繋がっています*2。さて,みなさんのスマホTwitterYoutubeなどインターネットの世界に繋げるためには,基地局だけではダメなんですね。図のように,携帯電話会社が構築する「コアネットワーク」と呼ばれる設備を介する必要があります。このコアネットワークには,基地局とインターネットの間をつなぐ機能以外にも,きちんとお金を払った正規のユーザであるかを判別する認証機能などが備わっています。

まとめると,みなさんが携帯電話を使うためには,「電波で通信する設備」だけではなく,光ファイバーで通信し,コアネットワークを介してインターネットに繋がるための設備」も必要だ,ということです。この記事では,前者の電波で通信する部分を「無線区間」,後者の光ファイバーやコアネットワークの部分を「コア区間」と呼び,区別することにします。ここで,ユーザが体感する遅延について話を戻すと,遅延は「無線区間で発生する遅延+コア区間で発生する遅延」という合計値で表されることになります。これは大事ですので覚えておいてください。

観点1:まだ超低遅延じゃない!

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(左)NSA, (右)SA
引用元: NSA or SA? Who is the real 5G network mode for smartphones and what’s the difference? | GearBest Blog

では早速,『5Gになるとめっちゃ速くて超低遅延なインターネットができる!』を否定していきましょう。そのためにここからは少し専門的な話になります。

5Gでは,先ほど説明したコア区間を実現する方法として,NSA(ノンスタンドアロン)方式とSA(スタンドアロン)方式の2つがあります。図では,左がNSA,右がSAです。図の見方ですが,丸の部分が無線区間を,雲の部分がコア区間の部分を指しています。

この2つの方式は,簡単にまとめると以下のような違いがあります。

方式 無線区間 コア区間
5G NSA 5Gの技術を使う 4Gの技術を使う
5G SA 5Gの技術を使う 5Gの技術を使う

このように,5G NSAではコア区間では5Gの技術を使いません。1世代前の4Gの技術を使います。これは,NSAは携帯電話会社が4Gから5Gへの設備の移行を簡易化するために考えられた方式であり,コア区間を新しくしなくても5Gが導入できるようにするようになっているためです。ある意味,中途半端な方式とも言えます。しかしながら,5Gという技術は,コア区間の大幅な改良によりURLLC(超低遅延)・eMBB(超高速)・mMTC(超多重接続)の3つを実現する予定です。実は,無線区間の改良だけでは,eMBB(超高速)しか実現できません。つまり,5G NSAはどう頑張ってもURLLC(超低遅延)とmMTC(超多重接続)は実現できないようになっているのです。まとめると,超低遅延を実現するためには,コア区間で5Gの技術を使わないNSA方式では不十分で,SA方式が必要だということです。

しかしながら,現在国内でサービス提供されている5Gサービスは,全てNSAです。

・・・。そうです。つまり,2020年時点ではURLLC(超低遅延)な通信はできないのです!

ちなみに,NSA方式とSA方式は,端末側の対応も異なります。最近発売されたiPhone12シリーズでは,NSAとSAに両対応しているそうなので,携帯電話会社がSAに対応した暁にはSAを使えるかもしれません*3が,5Gサービスの初期に発売された端末はNSAにしか対応していないものもあります。

(おまけ)本当に無線区間の遅延は短くならないの?

正確には,5G NSAを使う場合,つまり無線区間だけ5Gの技術を使う場合(5G NR(New Radio)と言います)であっても,遅延は短縮できます。無線区間の遅延は,4Gは往復10ms程度でしたが,これが5Gで往復1ms程度まで削減可能だと言われています。

しかし,そもそもユーザが体感する遅延は,無線区間で発生する遅延とコア区間で発生する遅延の合計であると説明しました。現在4Gでインターネットに接続する際の往復遅延が50〜60ms程度と考えると,このうち10msが無線区間,残りの40〜50msはコア区間の遅延です。5Gになって無線区間の遅延が減ったとしても・・・。合計値に大差はないですよね?

観点2: そもそも同時に実現できない!

「でも,もう少し時間が経って,SAに対応すれば,『めっちゃ速くて超低遅延なインターネットができる』んでしょ?」と思われたのではないでしょうか。でもそれも,残念ながら違います。

そもそも,5Gのうたい文句として宣伝される「URLLC(超低遅延)・eMBB(超高速)・mMTC(多重接続)」ですが,この長所が全部同時に満たせるとは誰も言っていないのです。実は5Gは,ユースケースによってURLLCとeMBBとmMTCが使い分けられる」ことが要求条件であり,同時に満たすことは考えられていないのです。例えば5Gでは,(コア区間と無線区間を合わせたトータルの)遅延が1ms程度の非常に低遅延な通信が可能と言われています。しかしこれは,ある程度通信速度が低速な場合を想定としており,高速な通信との共存は想定されていないのです。

観点3: そもそもインターネットが超低遅延になるわけではない!

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「で,でも,SAに対応した後で,ちょっと遅いのを許容すれば,超低遅延なインターネットができるんだよね?」と思いますよね。それもちょっとだけ違います。

その説明のためにまずは,5Gの代表的な機能の一つであるMEC(Mobile Edge Computing)について説明します。これは置く場所が特殊なサーバだと思ってください。具体的には,インターネット上に設置されているTwitterYoutubeのようなサーバではなくて,コア区間,つまり携帯電話会社のコアネットワーク上に設置するサーバのことを指しています*4。MECを使えば,インターネットよりもユーザの近くでソフトウェア処理ができるので,コア区間の通信遅延を大幅に抑えることができます。自動運転などの遅延にシビアなアプリケーションへの適用が考えられている技術です。

そして,5Gで謳われているURLLC(超低遅延)というのは,「5GはMECが実現できる仕組みにしますよ」ということを指している場合が多いです。そう,そもそも,インターネットへ接続する通信がURLLC(超低遅延)となると言っているわけではないのです! もちろん,コアネットワークの改良によりインターネットへ接続する通信もある程度低遅延になると予想されます。しかし,5Gのうたい文句として「1msの低遅延!」なんて言われていますが,これはインターネット接続が必要なTwitterYoutubeの利用においては実現できないでしょう*5

じゃあ一体5Gにしたら何が良くなるんだよ・・・

このままでは「5Gに親でも殺されたのか」というネガキャン記事になってしまいそうなので,弁護しておきます。ただ,ここからは更に専門的な話をしなくてはならないので,ここまでの記述と違い,専門用語をあまり遠慮せずに使っていきます。分からなくなった方はこの節を読み飛ばしてくださいね。

周波数帯

無線の進化の歴史は,ユーザの多重化方式の歴史です。多重化とは,たくさんのユーザを混信させずに同時に通信させるためのという技術です。初期はTDMA(Time Division Multiple Access),2GはFDMA(Frequency Division Multiple Access),3GはCDMA(Code Division Multiple Access),4GはOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)というように,多重化技術が大きく変わり,その変更に応じて通信速度が向上してきました。しかし5Gは,細かな違いはあるものの,多重化技術に劇的な進化はありません。

5Gの無線のうち,特徴があるとすれば周波数帯です。5Gでは,4Gで「プラチナバンド」と呼ばれていた数百MHz帯は利用しません。代わりにSub6帯と呼ばれる6GHz以下の帯域,およびミリ波帯と呼ばれる30GHz以上の周波数帯を使います。特に注目されているのはミリ波帯です。これは,無線の周波数は一般的に高ければ高いほど高速通信に向いているとされているためで,ミリ波を使ったeMBB(超高速)通信が期待されています。これがある意味無線区間の一番大きな変化だと思います*6

なお,ミリ波は「飛ばない」(正確には「回折しずらいので高層物の裏などで圏外になりやすい」)ことが弱点と言われていますが,そこをカバーする様々な技術があります。そもそも,ミリ波帯だけで全国をカバーするのではなく,ミリ波帯とSub6帯を組み合わせてカバレッジを広げる考え方が一般的です。いずれにしろ,はやくサービスエリアが拡大するとよいですね。

5GコアのC/U分離

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(左) 4G EPC,(右) 5GC

5Gと4Gの一番の違いはここだと考えています。5GC(5G Core)では,4Gコアと全く異なるアーキテクチャを採用しています。

携帯電話会社のコアネットワークには,ユーザ端末であるUE(User Equipment)の先に,様々なコア装置があります。EPC(Evolved Packet Core)とも呼ばれる4Gコアでは,S-GWとP-GWと呼ばれる2つの装置が特に重要な装置となります。でもこの装置は,あんまり"イケてない"です。S-GWやP-GWはパケットを実際に転送する転送装置なのですが,セッション制御などコントロールを行う機能も組み込まれています。要するに機能がてんこ盛りなのです。ここで,仮に4Gコアのスペックを上げる必要があった場合,S-GWやP-GWを増やす必要があるのですが,前述の理由で様々なコントロールを行う機能部も一緒に増やす必要があります。てんこ盛り設備を増やすわけですから,設備費が割高になってしまいますよね。加えて,機能が複雑に絡み合っているので,障害発生時のトラブルシューティングも大変そうですね。

なお,MME(Mobility Management Entity)やHSS(Home Subscriber Server)のように,コントロールだけを行う装置もあります。通信量を増やしたいだけであれば,増やさなくて良い装置です。これ自体はいいアーキテクチャです。ただ,MMEは,正規のユーザであるかの識別を行う重要な装置であり,ぶっ壊れると一切の通信ができなくなります。実際にぶっ壊れたのが,2018年のソフトバンクの大規模障害ですね。

参考: ソフトバンク障害は“他人事”ではない デジタル証明書のヒヤッとする話 (1/3) - ITmedia NEWS

一方5GCでは,実際のパケットを転送する装置と,制御を行う装置を完全に分離します。パケット転送はUPF(User Plane Function)が,コントロールはSMF(Session Management Function)が行います。5GCのスペックを上げるためにはUPFだけを増やせばよいので,設備投資が効率的になります。加えて,仕組みがシンプルなので,オペレーションコストの削減も期待できます。こういったパケット転送に関わる部分とコントロールの部分を分離することをC/U分離(またはC/D分離)といい,最近のネットワーク業界のトレンドとなっています*7。 このコスト削減効果がユーザへ還元されるといいですね。

ネットワークスライシング

URLLC・eMBB・mMTCは同時には実現できない!と言いました。これはちょっと語弊がありますので,刺されないうちに訂正します。確かに,ある瞬間に発生したある通信に対して,3つの要件を同時に満たすことはできません。しかしそれは,ある回線やある端末で同時に実現できない,とまでは言っていません。

専門的な話となりますが,5Gでは,同一物理ネットワークでも仮想的に特徴の異なるネットワークを複数作ることができます。5GCのアーキテクチャ上,AMF(Access and Mobility Management Function)といった無線のコントロール部分と無線区間を共用しつつ,UPFやSMFといった5GCの転送・制御部分を分離することができます。これによって,同じ回線でも,URLLCを満たすネットワークとeMBBを満たすネットワークを作ることができるのです。この技術をネットワークスライシングと言い,5Gの代表的な機能の一つとされています。*8

実はこれを4G EPCで実現することはちょっと難しいのです。例が適切かどうか分かりかねますが,例えば4Gでは,速いけど高いし使えるギガが決まっているサービスと,MVNOの一部に見られる低速な代わりに安くていくらでも使えるサービスがありますよね。使い分けているマニアな方もいらっしゃるのではないでしょうか。そのマニアな方は,別々のSIMカードを買って,別々の回線を契約しているはずです。5Gではこういったサービスも一つの回線で実現できる・・・かもしれませんね。まあ,そんな一部のマニアしか使わなさそうなサービスに投資するかどうかは知りませんが。

おわりに

いかがでしたか?

  • 誤:『5Gになると,めっちゃ速くて超低遅延なインターネットができる!』
  • 正:『5G SAになると,めっちゃ速いまたは超低遅延な通信の好きな方が選べるようになるが,そもそも超低遅延はMECを使う自動運転などのアプリケーションに限った話で,インターネットはそこそこの低遅延でできる!』

ということがおわかり頂けたのであれば幸いです。

なお,この記事は公開情報をもとにプライベートで勉強した結果をまとめたものであり,私は実際の携帯電話会社や機器メーカーの実情を知ることができる立場ではありません。不正確な可能性や古い情報の可能性がありますので,ご了承ください。

本当はもっと書きたいことがあるのですが,さすがにこれ以上長いと誰も読んでくれないと思うので,この辺にしておきます。でも, はんドンクラブアドベントカレンダー はまだまだ続きます。1日目のみすてりさんの記事,とても面白かったです。別にこんな真面目な記事じゃなくても,長い記事じゃなくても,「2020年,各月の代表クソトゥートまとめ!」とかでもいいからね。引き続き,みなさんの記事を楽しみにしてます。それでは。

*1:正確には「超高信頼かつ超低遅延」と訳すべきだと思いますが,日本国内の記事では「超低遅延」とだけ訳されていることが多いため,この記事ではそれに従います。

*2:ややこしいので固定WiMAXの話はしません

*3:携帯電話会社の方針によりますので断言できません

*4:それだけじゃMECの要件を満たさねえよ!って怒られそうですが,簡単化のために許容してください

*5:正確に言うと,そこまでは断言できません。MECにCDN(Contents Delivary Network)を置けば,超高速なアクセスとして活用できる可能性があります。ただ,コストメリットが出せるかどうかは分かりません。そもそも,それはもはや5Gが凄いのではなく,CDNが凄いだけです・・・。

*6:その他にも,前述した5G NRの遅延削減のためのTTI(TransmissionTime Interval)の適応制御,再送制御の高度化などがあります。Massive MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)もありますが,まあ結局はMIMOなので4Gからの劇的な変化とは言いづらいかなあと考えます。

*7:え,OpenFlow?知らない子ですね・・・。

*8:ネットワークを勉強したことがある方の中には「VPN(Virtual Private Network)と何が違うんだ?」と思った方もいらっしゃると思います。VPNはあくまでネットワークを分離する技術ですが,ネットワークスライシングではその分離に加えて,それぞれのネットワークの性質までも変えることができる技術です。