家のWi-Fiが遅くて○○したのに治らないんだけどなんで?

この記事は はんドンクラブアドベントカレンダー 2日目の記事です。なお筆者は,SNSサービスの一つ「はんドンクラブ」の管理人で,本アドベントカレンダーの主宰です。

世の中には「家のWi-Fiが遅い」と困っている人がたくさんいます。これは非常に難しい問題で,一概にアドバイスできることではありません。とはいえ,よく勘違いされていることをより正確に説明したいと思い,この記事を書きました。分量の都合上解決策はあまり詳しく書いてありませんのでご容赦ください。前回の記事と同様,一つの読み物として読んでいただければ幸いです。

基礎知識

「家のWi-Fiが遅い」に対する回答ではありませんが,この記事を正しく理解したい人のための基礎知識の説明です。長文を読みたくない人は,この章を読み飛ばしても大丈夫です。

本当に,Wi-Fiが遅い?

すでに詳しい方は違和感を感じていると思いますが,「家のWi-Fiが遅い」というのは,だいたいの場合間違った表現です。

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Wi-Fiはあくまで「家の中でのネットワークを繋ぐ」技術の名称であり,「あなたのスマホをインターネットまで繋ぐ」技術の総称ではありません。しかし,Youtubeが遅い・ゲームがラグいなどのインターネットが遅くなる原因は,図中の青四角で囲った部分のいずれかにあり,Wi-Fiに限った問題ではありません。つまり,あなたが遅くて困っているのは,Wi-Fiだけではなくインターネットまで繋ぐシステムの全体です。具体的には,①PCやスマホ(総じて「端末」と言います),②家庭用ルータ,③通信会社ネットワーク,④インターネットの4つが要素で,どこか原因か探る必要があります。

ただし,④は世界に唯一無二のものですから,個人の努力で早くすることはできません。そのため,この記事で主に議論になるのは①②③の3つのみです。

本当に,○○Mbpsしか出ない?

スピード測定というサービスがあります*1。ボタンを押すだけで,「あなたのネット速度は○○Mbpsです!」と教えてくれるサービスです。しかし,この数字が早いだけで「ネットが速い」といえるのでしょうか?

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結論,「No」とまでは思いませんが「鵜呑みにはして欲しくない」と考えています。そもそもインターネットは非常に多くの技術を組み合わせて構築されているため,こんな単純に速度を測れるものではないからです。代表的な理由は以下2つです。

スピードは接続先サーバによって違う

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インターネットにデータを送るとき,機械と機械の間であらかじめいくつかの取り決めをしています。この取り決めをプロトコルといい,速度測定ではTCP(Transmission Control Protocol)というプロトコルが多く使われます*2。しかしTCPの仕組み上,あなたの環境だけでなく,接続先サーバが原因で通信速度が変わることがあります。しかし,スピード測定サービスで表示されるのはあくまで測定サーバとの速度であり,Youtubeサーバとの速度でもNetflixサーバとの速度でもありません。

スピードは測定したタイミングによって違う

そもそも家庭用ネットワークが遅くなる原因は,何十万人という人で同じシステムを共有しているためです。この何十万人のユーザ同士の通信は衝突すると速度が遅くなるので,「どれくらい頻繁に他のユーザと衝突しているか」であなたのスピードが決まります。しかし,この衝突の頻度はタイミングによって全然違うため,スピード測定を繰り返すと毎回違う結果が出るはずです。

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もう少しだけ詳しく説明します。例えばあなたが最大1Gbpsのサービスを契約したとします。でもそれは「あなたのために1Gbpsの設備を確保します」というサービスではありません。言い換えると,上図左のように,その1Gbpsのサービスを3人が契約したからといって,通信会社は1Gbps×3=3Gbpsの設備を用意する訳ではありません。実際は,上図右のように,複数人で1Gbpsの設備を共有します*3。他の人がたくさん通信している瞬間だけ,その分あなたの通信速度が遅くなる仕組みです。

ここでポイントなのは,あなたの速度が遅くなるのは,他の人が通信しているその瞬間だけということです。昼間とか夜間とかそういう単位ではなく,千分の1秒単位(ミリ秒単位)の話です。

あなたの通信量は,上の図のように,非常に短い時間で刻々と変化します。当然他の人も同じです。この衝突が起こるか起こらないかで速度が変動するわけですが,「あと0.01秒遅かったら衝突しなかった」ということが往々にして起こることになります。よって,ある一瞬だけを切り取ったスピード測定の数字そのものにはあまり意味が無いと捉えた方がいいです。

以上から,実際に表示された数字そのものにはあまり意味がないと考えましょう。ただし,相対的な評価には意味があります。例えば同じ環境で何度も測定をし,「最近は日に日に遅くなっているなあ」というように,他の測定との比較で評価するのであれば有益と思います。

よくある勘違い

さて,ここからが本題です。よくある勘違いや言い過ぎている点を指摘させていただきます。「なぜそうなのか」という理由も,できるだけ丁寧に説明していきます。

契約を○○に変えたら速くなるよ!

回答:速くなるときもあるし遅くなるときもあります。

インターネットはベストエフォート型のサービスです。これは「出来る限り頑張って速いスピードを出すけど保証はしないよ」という意味です。ベストエフォート型のサービスを別のベストエフォート型サービスに乗り換えたところで速くなるかどうかなんて分かりません。速くなることを期待するのは,ただの賭博でしかありません。

え,「ネットを検索したらそういうブログ記事が出てきた」って? そもそも,契約変更にお金がかかる場合もある賭博を他人に勧めるのはおかしいと思いませんか。もっと直接的に言えば,その企業がお金を払って書いてもらった記事ではないのか?と警戒して読んだ方が良いのではないでしょうか。もちろん,この賭博を最終手段として選択肢に入れるのはよいと思いますが,まずは落ち着いて他の手段を優先的に試してはいかがでしょうか。

なお,ベストエフォート型ではなくギャランティ型への乗り換えは,正しい選択肢の一つです。ギャランティ型は,帯域保証型とも呼ばれ,「確実にこのスピードを出すよ」というサービスです。格安でギャランティ型を提供しているサービスであれば,1Gbps保証がなんと月額4万円程度*4で提供されています。…。そうですね,一般のご家庭にはちょっとお高いですね。他の手段を考えましょう。

電柱から直接ファイバーを引けば速くなるよ!

回答:速くなるときもあるし遅くなるときもあります。

基本的には上記と同じ賭博です。工事費がかかる場合があるので,一旦落ち着いて他の選択肢を考えましょう。

なぜ賭博なのか,解説します。NTT系回線の用語で「ファミリータイプ」「マンションタイプ」と呼ばれるのですが,ファイバーの家への引き込み方にはこの2つの形態があります。この「ファミリータイプ」のことを「電柱から直接ファイバーを引く」と表現している場合があります。しかしそれでも,「ファミリータイプの方が速い」というのは勘違いです。分岐数とビル内配線の方式を混同している可能性があります。

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上図はファミリータイプとマンションタイプの違いを説明した図です。そもそも家庭用のインターネット回線は,一つの回線を複数人で共用している場合がほとんどです。一般的な1Gbpsの回線*5では図のように4分岐×8分岐=32分岐となるため,最大で32人で1Gbpsを共有しています。

一方,図に示すように,A.とB.で共有する人数には差がありません。違いは,マンションの外と中のどこで分岐するかという分岐場所の違いだけです。よって,ファイバの引き込み方式だけでどちらが速い・遅いという差が出ることはないです。

ただし,引き込み方式を変えることで,共有しているユーザーが変わります。すなわち,速くなる場合も遅くなる場合もありるということです。これでは,前項の契約変更と同じで,賭博としか言えませんね。

(ちょっと詳しく) 配線方式で速度が変わるんじゃないの?

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ここまで説明した「マンションに通信線をどう引き込むか」という話と,「マンションの内部でどう配線をするか」という話が混同されがちです。後者,すなわちマンション内の配線方式では速度が変わることがあります。配線方式は,

1位:ひかり配線方式>=2位:LAN配線方式>>>3位:VDSL

の順に速いです。そのため,例えば現状がVDSL (Very high-speed Digital Subscriber Line)の場合,それをひかり配線方式に変えることで速くなる可能性が高いです。

また,注意して頂きたいのは,VDSLの場合でも「最大1Gbps」を謳うサービスがありますが,これがひかり配線方式に勝ることはないということです。VDSLは電話線を(ある意味"無理矢理")インターネットに活用する技術であり,非常に不安定です。通常は100Mbpsが最大の速度で,最近は技術進化により上下合計1Gbpsまで高速化*6されましたが,いずれにしろ安定しません。数字に惑わされずひかり配線方式を選ぶことをオススメします

実は,ファミリータイプはひかり配線方式しか選べないため,この節のタイトルのような勘違いをしやすいと考えられます。しかし,マンションタイプでもひかり配線方式を選べば十分高速になる可能性が高いので,ご安心ください。

あ,あと,もう1つだけつっこんでもいいですか?ファイバーが引いてある柱は,電柱ではなくて電信柱です。え,何?電柱と共用してファイバーが繋がってる場合もあるって?それは共用柱ですね。

MTUを○○に設定したら速くなるよ!

回答:言いたいことは察しますが,あまり気にしなくていいと考えます。

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データをインターネットで送るとき,データだけを送ってもその行先が分からないため,データの前にヘッダと呼ばれる行先などの情報をくっつけます。加えて,送りたいデータに対してヘッダを1つだけ付けて送るわけではなく,パケットと呼ばれるいくつかの塊に分解し,それぞれにヘッダをつけて送ります。ここで,1つのパケットの許容される最大の長さをMTU(Maximum Transmission Unit)と呼びます。MTUは,ネットワーク機器の技術的な制限や歴史的な理由により設定されています*7

もしMTUを超える長さのパケットが到達した場合,ネットワークの途中でIPフラグメントという処理*8が行われ,パケットを分割して送ります。そして,受信側では再度結合する必要があります。この非効率な処理を無くすため,最初からPCのMTUをネットワークに応じて正しく設定すれば,たしかに通信は効率的となります。つまり,「MTUは最適値にしておいた方がより良い」というのは真です。

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ただ,PCに設定するMTUは「PCが受信するパケット」の長さを指定しているのではなく,「PCが送信するパケット」の長さを指定します。すなわち,家庭ネットワークで大半を占め,かつ速度が重要となる,「PCが受信するパケット」のMTUは変更できないのです。もちろん,「PCが送信するパケット」を効率的に送ることで,ユーザーの体感向上に繋がることはあります*9が,効果は軽微でしょう。

以上から,MTUを最適化することに意味はありますが,それだけで大きな効果が望めると考えるのは少し楽観的すぎるかと思います。

それでもやってみたいという方は,以下の2つのステップで試してみてください。

DNS設定を8.8.8.8に変えれば速くなるよ!

回答:言いたいことは察しますが,逆効果の場合もあり気軽にオススメできません。

DNS(Domain Name System)は,例えばあなたがアクセスしたいのがYoutubeなのかTwitterなのかを指定するときに使うシステムです*10。アクセス先を指定するとき,機械に直接指定する方法は人間にとって難しいため,容易化するためにDNSが登場しました。DNSは,人間にわかりやすい形で指定しても,それを適切なやり方で機械に指示することを助けるシステムです。ほぼ全てのインターネットサービスで事実上必須のシステムであり,通常はDNSサーバと呼ばれるサーバを自動設定することで意識せずとも自動で動作する仕組みになっています。このときのDNSサーバーは,通常,あなたの契約している通信事業者が提供しています。

一方,8.8.8.8はGoogleが提供しているDNSサーバで,Public DNSと呼ばれます*11。この8.8.8.8のようなPublic DNSを使うよう設定することで「インターネットが速くなる」と紹介されている場合があります。正確には,スピード測定の速度が速くなるというよりは,DNSの処理時間が減り応答が早くなるという主張です。

これは,確かに体感が向上する場合があるのは承知のうえで,私はあまり推奨したくないです。むしろリスクもあるため,安易にこの方法を他人に勧めるのは褒められたことではないと考えています。その理由は以下の通りです:

  1. そもそも「DNSの処理に家庭内のルーターを介さないことで応答が速くなる」が正しい。
  2. 8.8.8.8をPCやスマホに設定することで結果的に1. が実現できているだけで,わざわざ8.8.8.8を使う必要はない。むしろ,初期設定(=通信会社のDNSサーバを使う設定)のまま家庭内ルータを介さないようにした方が速い。
  3. 8.8.8.8を使うことで,本来できていた最適化がうまく動かなくなり,想定外の悪影響が起こりうる。
(ちょっと詳しく) Public DNSのリスクとは?

この項では上記の理由を説明します。この項だけどうしても長くなってしまったので,技術にあまり興味が無い方は次節の「IPv6にしたら速くなるよ!」まで読み飛ばして頂いても構わないです。

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上図は,DNSサーバへの接続方法を3つ表しています。古いルータを使っている場合,上図の(a)のように,家庭用ルータがDNSの処理を"仲介"する場合が多いです。

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続いて,上図は,私の家で測定したDNSサーバごとの応答速度を示しています*12。棒グラフが短いほど応答が速かったことを表します。また,応答が速かったDNSサーバほど上に表示されています。

(a)が一番遅いようですが,これは私の家の家庭用ルータの性能が不足していることを示しています。このように,家庭用ルータを介さず直接DNSへアクセスする(b)や(c)の方が速い場合が多いのです。

では,(b)と(c)を比較した場合に(c)の方が速いのはなぜでしょう?これは,通信会社のDNSサーバは,Public DNSよりもユーザの近くにあるためです。しかし実は,通信会社のDNSを使った方が良い理由はこれだけではありません。

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理由を理解するためには,インターネットの仕組みをもう少し詳しく知る必要があります。実は,あなたがTwitterに投稿するとき,システムは複数の選択肢から最適な選択肢を選んで通信しています。この選択肢とは,「①サーバ」と「②経路」のことで,ユーザによって最適な①②は異なるため,ユーザごとに選択する必要があります

  • ①: Twitterのサーバは1つではなく,複数のサーバが存在しています。通常はDNSを使って,最もあなたに近い特定のサーバに接続できるようにします*13
  • ②: 特定のサーバへの経路も複数あります。通信会社が最も短い経路を選んで接続します。

上記では説明のために①と②を分けて書きましたが,最適な選択をするためにこの2つを切り離して考えることはできません。実際に最適な①サーバを選択するためには,各サーバの②経路の情報が必要だからです。言い換えると,あるユーザがどういう経路で各サーバと繋がるのかが分からないと,そのユーザに最適なサーバが決められないということです。ここで,①と②の情報を両方持っているのは通信会社なので,最適な選択のためには,Public DNSよりも通信会社のDNSサーバを利用した方がよい場合が多い,ということになります。

改めて,Public DNSに変更することでどういうリスクがあるのか考えましょう。②の経路情報が分からないと,最適な選択肢を選べない可能性があります。そのため,遠いサーバを選択してしまい,遅延が増えるかもしれません*14。これが,私がPublic DNSを積極的にオススメしない理由です。そもそも,Public DNSは,通信会社による検閲を防いだりウィルススキャンを提供したりと,付加価値を提供してくれるサービスです。決して「ネットを速くする」ことだけを目的に作られたサービスではないのです。

IPv6にしたら速くなるよ!

回答: 改善されるのはNTT系回線だけです。その上で,言いたいことは察しますが,言い方が正確ではありません。

まず大前提として,NTT東西のネットワークの仕組みに依存するため,これはNTT系の回線に限った話です。電力会社系やNURO回線などを使っている方には影響しません。

ただし,NTT東西はソフトバンクやドコモなどの他の事業者に「フレッツ光」のサービスを卸しているため,ソフトバンク光・ドコモ光・ビックローブ光・OCN光などのサービス*15は対象です。ちょっと複雑ですね。この記事では,NTT東西のサービスであるフレッツ光とこれら卸の回線を合わせてNTT系回線と呼ぶことにします。

次に,言い方が正確ではない理由について説明します。その前に,IPv6とは何かを説明させてください。これは,先ほどMTUの説明でご紹介したヘッダに関係します。ヘッダには宛先情報が含まれますが,ここで使われるのがIPアドレスです。この表記方法に二つのバージョンがあり,今日最も多く使われているIPv4と,比較的新しいIPv6があります。この違いはあくまでIPアドレスの表記方法の違いですので,あなたのPCで使われているIPv4IPv6に変えたからといって何かが速くなるわけではありません*16

では何が正しいのでしょう。結論,「IPoEにしたら速くなる」または「IPv4 over IPv6にしたら速くなる」が正しい言い方です。

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どういうことなのか,少し解説します。ここまで「通信会社ネットワーク」という言い方でごまかしていましたが,実際はこのネットワークは2つに分かれます。それは,フレッツ光などのNTT東西が提供するネットワークと,ISP(インターネットサービスプロバイダ)などが提供するネットワークです。上図にそのイメージを記載しています。そして,この2つのネットワーク間の接続のやり方が二種類あります。その違いも上図に図示しました。それぞれ①PPPoE方式と②IPoE方式と呼ばれます。

そして,①②を比べると,②IPoE方式の方が速いと言われています。しかし,PPPoE方式・IPoE方式のどちらでもユーザはIPv4が使えるものの,PPPoE方式はIPv4をそのまま使えること,IPoE方式はIPv6技術を使ってIPv4通信を実現できることから,「PPPoE方式をIPoE方式に変えること」を誤って「IPv6にする」と表記・説明している人が多い*17です。

(ちょっと詳しく) IPoEってなんで早いの?

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②IPoE方式がなぜ①PPPoE方式に比べて速いのかを少しだけ解説します。最初にお伝えしておきますが,これはほとんど技術的な理由ではありません*18*19。歴史的背景です。

いずれの方式でも2つのネットワークを接続する装置はNTT東西が管理していますが,実は全ての費用をNTT東西が負担しているわけではありません。ざっくり,PPPoE方式についてはNTT東西が,IPoE方式についてはISPが負担しています*20

さて,この接続装置が混雑した場合はどうなるでしょうか。当然,設備を増強しないと,速度が遅くなります。このとき,PPPoE方式は主な費用負担をしているNTT東西の「契約者数」を基準に増設します*21が,IPoE方式は主な費用負担をしているISPの「通信量」を基準に増設します。一方,昨今インターネットが遅いのは,契約者数が増えて総通信量が増えているのではなく,1人あたりの通信量が増えて総合通信量が増えていると考えられます。つまり,契約者数に応じて設備投資をするPPPoE方式は遅くなりやすく,通信量に合わせて設備投資をするIPoE方式は遅くなりにくいことになるのです。

ケーブルを一番新しいやつに変えたら速くなるよ!

回答: 速くなる場合もありますが,変えるケーブルには注意が必要で,新しければいい訳ではありません

はじめに大事なことをお伝えします。家庭内のケーブルのうち,光ケーブルや電話線は交換できないので,LANケーブルと呼ばれるケーブルだけが議論の対象となります。

ただし,「とりあえず一番グレードが高いケーブル買えば良いんでしょ?」と考え,「Cat7(カテゴリ7)」のLANケーブルを買ってしまうケースがあります。これは非常に良くないです。

LANケーブルはCat○またはカテゴリ○という形でグレードが決められており,○の数字が大きければ大きいほどグレードが高いことを表します。しかし,Cat7は家庭用に作られた規格ではなく,一般のご家庭ではこのケーブルを正しく使うことはほぼ不可能*22です。適当にCat7を接続すると,むしろ通信が不安定になりますのでやめてください。

結論,現状がCat5以下のケーブルを使っていれば,ケーブルの買い換えをオススメします。ケーブルは,予算に余裕があればCat6A(カテゴリ6A)を,1円でも安くしたければCat5e(カテゴリ5e)を購入するのがオススメです。Cat6Aは10Gbps,Cat5eは1Gbpsまで対応しています。

じゃあどうすればいいの?

じゃあ本当に速くなる方法を教えてくれや,という声が聞こえてきそうなので,説明します。しかし,「これをやれば確実に速くなる」という方法は残念ながらありません。前述のとおり,インターネットが遅いのは①PCやスマホ・②家庭用ルータ・③通信会社ネットワーク・④インターネットなど様々な箇所のいずれかが被疑となるためで,被疑箇所によって対処方法も変わるからです。

ここを詳しく説明しているともう1つ記事が書けてしまうので,ここではいくつかの現実的な方法について簡単に説明します。よろしければご参考になさってください。

できるだけ有線で接続しよう

  • 高確率で速くなる
  • 有線とWi-Fiは,有線の方が圧倒的に安定しています。前述のTCPは,安定した有線の場合により速度が出やすいプロトコルです。また,有線の「最大○○Gbps」とWi-Fiの「最大○○Gbps」は全く意味が異なり,有線は最高速度近い速度を期待できるものの,Wi-Fiでは場合によって1/10や1/100以下になる場合もあります。最大○○Gbpsと書かれた数字によらず,もし有線で接続できる場合は有線で繋ぎましょう。

ウイルスに感染していないか確認しよう

  • 場合によって速くなる
  • 経験上,意外と多い原因の一つです。Windowsならば Microsoft Defender を使うとよいでしょう。自分は変なサイトにアクセスしてないから大丈夫なはずだと決めつけず,一度確認してみてください。

DNS設定を初期値にし,IPv6を有効にしよう

  • 場合によって速くなる
  • 理由は前述のとおりです。DNSは「変なことをせずそのままにしておく」ことを勧めます。
  • また,PCのIPv6を有効することで,DNSに関する通信がIPv6で行われるようにしましょう*23。JCOMのサイトに,WindowsMac の手順が載っていましたので参考にしてください。なお,スマホの場合,よほど変な設定にしていない限り自動で有効になるので気にしなくて良いです。
  • 最後に,ご自宅のルータのIPv6パススルー(IPv6ブリッジ)設定を有効にしましょう。この設定は,IPv6で行われる通信に対して,ルータがお節介を焼かないようにするのに役立ちます。詳しくは,お使いのルータの説明書を参照してください。
  • ここまでの説明がどうしても分からない場合,「8.8.8.8」のようなPublic DNSを設定することはありだと思います。ただし,今後それが原因で不具合が起こるリスクもありますので,そういう設定を入れたんだということだけは忘れないでください。

ルータを再起動,新しいものに交換しよう

  • 場合によって速くなる
  • 再起動は一度試してみて欲しいです。世には「PPPoEガチャ*24」「NTEガチャ」という言葉があり,空いている通信設備に繋げることで速度を向上させようという試みがあります。しかし,一時的には改善されても根本的な対処にはならない可能性もあります。
  • もしお使いの家庭用ルータが概ね10年以上前のものであれば,新しいものに交換してもよいと思います。速度の向上は保証できませんが,セキュリティ機能の向上なども見込めますので,一度検討ください。高価なルータを買う必要はありません。それなりに新しいやつにすれば十分だと思います。

LANケーブルを変えてみよう

  • 場合によって速くなる
  • 前述のとおりで,現状がCat5ケーブルであれば,LANケーブルを変えててみてください。
  • 交換するケーブルは,予算に余裕があれば「Cat6A(カテゴリ6A)」(最大10Gbps)を,なければ「Cat5e(カテゴリ5e)」(最大1Gbps)を使うとよいです。
  • 絶対にCat7やCat8は買わないでください。

IPoE方式を使うためルータに"IPv4 over IPv6"を設定しよう

  • 現状がPPPoE方式なら,高確率で速くなる(NTT系の回線に限る)
  • これは劇的に改善する可能性があるうえ,お金もかからない場合がほとんどなので,是非試してみて欲しいです。
  • 複数の技術を組み合わせて実現するため,この設定には呼び名がいくつもあり,IPoE,ネイティブ接続,DS-Lite,MAP-E,v6プラス,v6+v4ハイブリッドなどなど,複数の名前で呼ばれています。詳しくは,通信会社に「IPv6技術を使ったIPv4接続ができると聞いたがやり方を教えてくれ」と問い合わせてください*25

故障が発生していないか問い合わせしよう

  • 場合によって速くなる
  • 通信会社側で故障が発生している場合もあります。一度,契約している通信会社に問い合わせましょう。仮に故障していなくとも,もしかしたら良い提案をしてくれるかもしれません。

光コンセントに変更できないか相談しよう

  • 現状が光コンセントでないならば,高確率で速くなる
  • 前述のとおり,マンションの構内で速度が落ちている場合があります。光コンセントがあるか分からない場合は,NTT東日本のHPなどを参考に,Wi-Fiルータの近くなどを探してみてください。なお,変更には工事費がかかる場合があり,特に賃貸住宅ではあなただけでなく大家や他の住人に費用負担が必要となる場合もあります。もちろんお金がかからない場合もありますので,一度お使いの通信会社へ問い合わせてみてください。
  • 大家が光コンセントへの変更を断った場合,さっさと別の家に引っ越した方がいいです。賃貸の場合,内見の際に確認し光コンセントが設置されている家を選ぶ,または通信会社に問い合わせると教えてくれる場合もあります。大家の許可さえ取れれば追加工事も可能ですので,事前に大家に相談するのもよいでしょう。

おわりに

インターネットの世界は非常に複雑です。「○○するだけで必ず速くなるよ!」というものはありません。そのため,結局どうすれば良いのかはよくわかりませんでした! いかがでしたか?

相変わらず長い記事となってしまい申し訳ありません。この記事では,あまり技術に詳しくない方でも理解できるようできる限り平易な説明に心がけたつもりです。そのため,理解しやすくすることを優先し,100%正確ではない言い方をしている箇所があります。技術的な正確性を必要する場合は,別の情報源を当たってください(それか,私までお問い合わせください)。

こういう記事は定期的に書いていきたいなと思っているので,是非記事のアイデアとかご意見とかお待ちしています。また, はんドンクラブアドベントカレンダー は今後も続きますので,明日以降をお楽しみに。それでは!

*1:fast.commusen-lan.comNTT東西速度測定サイトなど。

*2:また,最近のインターネットではTCP以外のQUIC(Quick UDP Internet Connections)プロトコルが使われることも多く,TCPの速度が必ずしもインターネットの体感速度を表すとは言い切れない,という点も上げられます。QUICはUDP(User Datagram Protocol)ベースのプロトコルです。

*3:実際の通信会社の設備は何段階にも階層化されておりここまで単純ではありません。例えば,ユーザの近くのネットワーク(アクセス)では1Gbpsを32人で共有するが,バックボーンでは100Gbpsを数十万人で共有する,のようなイメージです。いずれにしても,ベストエフォートの速度は「他のユーザが全く使わなければこれくらいの速度が出るよ」という意味でしかありません。

*4:ARTERIA光 インターネットアクセス | アルテリア・ネットワークス株式会社

*5:GE-PON(Gigabit Ethernet Passive Optical Network)方式。NTTやKDDIが採用しており,方式上32分岐まで可能であると決まっています。一方NURO光が採用している方式は別の方式であり,方式上分岐数に制限はありません。

*6:G.fastの場合。

*7:一般にMTUの初期値は1,500byteです。余談ですが,昔のネットワーク機器は1,500byteを超えるパケット(ジャンボフレーム)を処理するのが苦手であったためこういった制限があります。2021年現在において9,000byte以下のパケットが通らないネットワーク機器は減ってきていますが,古い機器が継続して使われている場合を考慮し,1,500byte程度の値が採用されつづけています。

*8:IPフラグメントはネットワーク機器で行われる処理ですが,いくつかの問題があり,推奨されません。禁止しているネットワークもありますし、そもそもIPv6では動作しません。そのため,通常はTCPフラグメントと呼ばれるサーバ機器での分割処理が行われることが多いです。この記事では,この2つの違いについては詳しく触れません。

*9:その他にも,TCPではRTT(Round Trip Time)に応じてフローの速度が決まるため,送信パケット(上り通信)を低遅延で送ることで結果的に受信速度(下り通信)が早くなることは十分ありえます。ただ,その影響は軽微でしょう。

*10:正確には,DNSは,IPアドレスとホスト名を紐付けるためのシステムです。文面の都合上,詳しい説明は省略します。

*11:Public DNSは,Googleの8.8.8.8の他,CloudFlareの1.1.1.1,Quad9の9.9.9.9などが知られています。それぞれ様々な特徴があり,全く同じサービスを提供している訳ではないものの,この記事では代表的な例として主に8.8.8.8を取り上げることとします。

*12:これは私の自宅の環境の測定結果であり,必ずしも全ての環境でこのような傾向の結果が得られる訳ではありません。説明のわかりやすさのために用いています。

*13:本来はCDN(Contents Delivery Network)という登場人物がいます。しかし,今回の議題には本質的には関係がないので説明を省略しました。

*14:補足すると,Googleの提供する8.8.8.8については,EDNS Client Subnetに対応しています。これは,「自分が誰であるか」をDNSサーバに伝えることで,DNSサーバが経路情報を含めたより適した選択をするための判断材料にできる技術です。しかし,Public DNSがその通信会社のネットワーク構成を全て知っている訳ではないので,この情報を使ってもなお通信会社のDNSの方が最適な情報を選択できる可能性が高いと考えます。また,CloudFlareの1.1.1.1のように,EDNS Client Subnetにそもそも対応していないPublic DNSもあり,こういったDNSを使うと最適ではない可能性がより高くなります。

*15:光コラボレーションモデル対象の回線。一覧はNTT東日本公式HPまたはNTT西日本公式HPを参照してください。

*16:正確には,IPv4IPv6でルーティング経路が異なる場合もあるので「速くなるときもあるし遅くなるときもあります」という表現が正しいです。

*17:NTT東西をはじめとする通信事業者も,この正しい説明をサボって「IPv6にする」と表記・説明している場合が多いです。

*18:IPoE方式で使われるIPv4 over IPv6トンネルと,PPPoE方式で使われるPPPトンネルを比較すると,実は前者のIPv4 over IPv6トンネルの方が,ルータの負荷が軽いです。これは,前者はセッションを原則持たずに死活監視も行わないトンネルであるのに対し,後者はセッションを持ち常に死活監視を行うトンネルであるからです。PPPって,かなり"重い"処理なんです。そのため「IPv4 over IPv6トンネルの方が設備コストが安く通信事業者が設備を増強しやすい」ことが推測されるのですが,現に2021年現在IPoE方式が優れている理由はそこではないと考えます。そのため,本文ではこのことに触れず,歴史的背景や政治の理由が多いという記載にしました。

*19:上記の補足で「IPv4 over IPv6トンネルはセッションを原則持たない」と説明しましたが,これはIPv4 over IPv6の方式として最も主流のDS-Lite方式の話です。他にMAP-E方式がありますが,これはセッションを持つといえば持つのですが,PPPほど処理が重たくありません。そのため,同様に設備コストが安いと推測されます。

*20:簡単のため,あくまで主たる負担者について解説しています。実際には光モジュールの分担が異なったりしています。詳しくはJAIPA提示資料がとてもわかりやすいので,参照してください。なお,JAIPAの資料を引用していますが,筆者はJAIPAの主張に対して賛成の立場でも反対の立場でもありません。

*21:増設基準についてはD型NTEのような例外があります。これを詳しく説明していると記事が長くなるため,この記事ではあえて触れません。詳細は先ほどのJAIPA提示資料または総務省提示資料を参照してください。

*22:Cat7は規格上,STP(Shielded Twisted Pair)ケーブルという特殊なケーブルになります。これは,接地という電気的な処理が必要で,各機器のGND(ground)をそろえないとノイズの影響が大きくなりまともに通信ができなくなるリスクがあります。まれに,AmazonなどでUTP(Unshielded Twisted Pair)でCat7のケーブルが売られていますが,規格違反の怪しいケーブルなので,購入しないようにしてください。

*23:PCが直接ISPの提供するDNSサーバへDNSクエリを送信できるようにするための設定です。実際にはIPv4だけを使ってこういった設定にすることも可能ですが,日本国内でよく使われるルータの実装上,IPv6を使って後述のIPv6パススルーを活用する方法だけを紹介しています。理由は,DNSサーバのアドレス変更に追従しやすく,PC側の設定が簡単だからです。今回はこのあたりの詳しい説明は控えます。

*24:そもそも,NTT系回線においてはPPPoEの貼り先は毎回同じで,あくまでPPPの貼り先を変えているだけなので,「PPPガチャ」と呼ぶべきであると筆者は思います。

*25:通信事業者やISPでさえ,「IPv4 over IPv6」のことを「IPv6」と呼称している場合があります。しかし,「IPv6をやりたい」とだけ伝えた場合に,解決策にはならない「IPv6 PPPoE接続」を提示されるリスクがあります。そのため,単にIPv6とだけ伝えるのではなく,このような伝え方を推奨しています。